Chronique d’un japonais à Paris / épisode 1

A l'entrée du Palais Royal

Je vous présente Tamura.  Il habite à Paris, et il a prit plaisir à écrire son histoire et ses réflexions sur le Japon et la France pour sympa simone…pour vous. Je vous invite à suivre pendant ces prochains jours la vie et les looks de Tamura !

田村良平 Tamura Ryouhei : « Le mois prochain, cela fera 3 ans que je suis venu du Japon. Avant, j’habitais à Kyoto, où j’ai habité près de 10 ans. Ma famille est de Hiroshima. J’y ai fait mes études  au collège  puis je suis allé à Kyoto dans une école supérieure de design textile, pendant 2 ans. Après cela, j’ai poursuivi avec une école de photographie, à Osaka, 2 ans.  Je suis revenu vivre à Hiroshima, en travaillant en free lance comme photographe, tout en  faisant des petits boulots. Je faisais des économies avec le projet de venir étudier en France, à Paris, mais des contraintes familiales m’ont un temps retenu au Japon. J’ai vécu à Kyoto, travaillant comme salaryman, faisant des économies pour enfin venir à Paris. »

le détail important : la petite tour Eiffel brodée

La suite, c’est demain !

Photos et sujet de Gregory Barboux : yrogerg@neuf.fr.

Traduction : パリ在住の日本人の物語 第1話

田村という日本人を紹介します。彼はパリに住んでおり、日本とフランスについて,

感じていることをSympa Simoneの為に語ってくれました。数日間、彼の生活スタイルを

覗いてみたいと思います。

田村良平 :「今、彼はパリに来て、来月の5月で3年になります。それ以前は日本の京都に10年間

住んでいました。出身地は広島県です。広島の高校を卒業するまで、故郷の広島で過ごし、

その後、京都の芸術短期大学に通い、テキスタイルを学び、卒業してからは、大阪の写真の専門学校に2年間通いました。

それから広島の実家に戻り、アルバイトをしながらフリーランスの写真家として仕事を

し始めました。その後パリに行くことを目標に貯金を貯めていましたが、家族との関係がうまくい

かず、パリ行きを断念せざるを得なくなり、再び京都に行き、お金を稼ぐ為に

サラリーマンとして働き、ようやくパリに来る事が出来ました。」

次回は明日お送りします。

パリ在住の日本人の物語 第2話

「パリに来て、最初は油絵のアトリエに通いながら、ピンホール写真でパリの街を撮っていました。

その当事、お金は余り無かったのですが、時間はたくさんあったので、パリの街をすべて見て見よ

うと思い、デジタル一眼レフカメラを持って、パリ20区の道を殆ど歩きました。しかし、

仕事も無く、貯金もなくなりかけて、日本に帰ろうと思ったいた頃に、今のお店の社長に出

会いました。Petits Champs通りにある丸源パリの店を作るために、ブティック探しから始め、

お店がオープンするまでの準備を一生懸命して、今やっと日本文化と伝統と関係のある

お店が出来、自分の好きな仕事が出来ていると思います。」田村良平

「フランスには多くの人を引きつける魅力があると思います。一般的に、伝統的でおしゃれで綺麗なものが

沢山あるあり、外国人が持っているフランスの良きイメージが沢山あります。しかし、3年も住めば、

フランス文化の側面だけではなく、この国に根付く文化や、日本とは違った習慣、風習の違いも、ひしひし

と感じます。しかし未だ、パリの一番の魅力は何かははっきりと分かりません。

ですが、色々な国の人や、階級の違う人たちとの出会いが多くあり、また、その人たちと、

平等に話をする事も出来る。日本ではそれはなかなか難しい事でした。」

次回は明日です!

パリ在住の日本人の物語 第3話

自分の服装がどうしてこのような格好になったのか?

「ヨーロッパ旅行を何度かして、日本の文化の良さにも気づきました。もちろん日本の良くな

い点も多々もありますが、よりもっと日本の文化が好きになりました。多くの日本人は日本人でありな

がら、日本の文化、伝統の良さを知らない人が多いと思います。だから今、お店で働いてい

て、フランス人や外国の人たちにも、日本の文化、伝統を知って頂きたいと思う気持ちもあ

りますが、本当は日本人が私や私のお店を見て、日本の文化も面白くて綺麗だなと思って欲

しいのです。そのことをとても大切に思っています。

日本で日本人が日本の伝統的な服を少し進化させて着ていても、誰も興味を示しません。

そのことを不思議に思いました。 逆にパリでは色々な人々が興味関心を持ってくれて、一緒に写真を

撮りたいといってくれる人もおられます。もちろん、気持ちが悪いという感じで、見る人もいます。

それでも、色々なリアクションがあり、とても面白いです。そういう意味で、これからも

このようなファッションをしていこうと思います。フランス人はサンパティックナ人が多く、分かり

やすくて大好きです。」

あなたの今回の日本の地震について教えて下さい。

「日本は今、大地震の影響によって、非常に混乱していると思います。こういう災害が起きて、

今後、日本人の持つモラルやアイデンティティが露呈されると思われます。それによって、

今の日本という国の現状が浮き彫りになってくると思います。私の家族は、幸い広島にいるの

で被害はありませんでした。しかし、茨城県にいる友達とその家族は大きな被害を受けました。

地震の後、その友達に直ぐにメールを送り、メールのやり取りをしていましたが、私は今パリにいて、

私の日本の家族も問題の無い状況のなかで、今その友達が感じている苦しみ、悲しみ、辛さを私は

理解出来ませんでした。正直、かける言葉も見つかりませんでした。

お店でフランス人のお客様や、フランス人の友達に、「あなたの家族は大丈夫でしたか??」

といわれた時に、理由は分かりませんが、涙が出そうなくらい悲しい気持ちになりました。

多分、母国が悲惨な状況である事が、とても悲しかったのだと思います。」明日は最終回です!

パリ在住の日本人の物語 最終回

「店で和柄のT-シャツや着物や伝統的なお面、弁当箱、携帯ストラップ、

鞄や手袋や足袋靴下などの商品を扱っております。特に私の店のメイン商品は鳶のパンツです。

生地を多く使ったパンツです。本来はとび職、昔では消防士や大工さんが履いていたパンツで、

ゆったりとして、履き心地が良く、現在ではファッションとして販売しております。

ブティック店内の奥にはプリクラがあります。プリクラというのは証明写真機のような機械で、

自分の顔や姿を撮影して、写真の上から絵を描いたりデコレーションしたりできる写真

シールです。日本人の若者もフランス人の若者も友達と写真を撮るのが好きで、プリクラを携帯や

ライター等、自由に貼って楽しんでいます。」

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